鳥取地方裁判所米子支部 昭和48年(ワ)46号 判決 1976年1月30日
主文
1 被告株式会社佐々木組は、原告に対し、金六三万三六四三円およびうち金五七万三六四三円に対する昭和四八年二月八日から、うち金六万円に対する同年五月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告森谷利夫は、原告に対し、金六三万三六四三円およびうち金五七万三六四三円に対する昭和四八年二月八日から、うち金六万円に対する同年六月六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを七分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
5 この判決の第1項および第2項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告株式会社佐々木組(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、一一一万〇五二〇円およびうち一〇一万〇五二〇円に対する昭和四八年二月八日から、うち一〇万円に対する同年五月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告森谷は、原告に対し、一一一万〇五二〇円およびうち一〇一万〇五二〇円に対する同年二月八日から、うち一〇万円に対する同年六月六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
4 仮執行宣言
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二原告の請求の原因
一 原告は、つぎの交通事故によつて傷害を受けた。
1 日時 昭和四八年二月七日午後一時一〇分ごろ
2 場所 米子市東福原二三〇の一先国道九号線上
3 加害車 被告森谷運転の普通乗用車(岡五や六六二三号。以下「被告車」という。)
4 事故の態様 原告が信号機の信号にしたがつて横断歩道上を通行中、信号機の表示を無視して進行してきた被告車に衝突された。
二 原告は本件事故によつて、頭部打撲、両膝打撲、外傷性右膝関節血腫の傷害を受け、事故の日から昭和四八年四月五日まで五八日間入院治療を受け、同年五月二六日現在まだ通院加療中であるが、膝関節の疼痛およびしびれが存続しており、全快のみとおしはない。
三 被告らは、それぞれつぎの事由によつて本件事故の損害賠償責任を負う。
(一) 被告会社は、自己の事業のために被告森谷を使用していた。被告森谷は、被告会社の米子市内の工事現場に出張し、その帰路に後記のような過失によつて本件事故を起こしたものである。したがつて、本件事故は被告会社の事業の執行につきなされたものというべく、被告会社は民法七一五条によつて本件事故の損害賠償責任を負う。
(二) 被告森谷は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。また、同被告は、被告車を運転中、信号機の表示する信号を無視し、前方注視義務を尽さず、横断歩道の手前での徐行義務を怠つた過失により本件事故を起こした。そこで、同被告は自賠法三条、民法七〇九条によつて本件事故の損害賠償責任を負う。
四 原告は、本件事故によつてつぎの損害を受けた。
(一) 通院交通費 一万八九二〇円
退院後一週間に一日の割合で通院しており、一回の通院に四四〇円を要する。本訴においては、とりあえず一〇ケ月分(四三回分)を請求する。
(二) 入院雑費 一万一六〇〇円
前記のとおり五八日間入院し、一日当り二〇〇円の雑費を要した。
(三) 付添看護費 三万円
三〇日間付添看護を受け、一日当り一〇〇〇円を要した。
(四) 逸失利益 四五万円
原告は、本件事故当時健康で農業および家事に従事していたが、前記の膝関節の疼痛としびれのために農業に従事することが不可能になつた。原告は農業に従事することによつて一日当り少なくとも一五〇〇円の収入を得ることができ、年間三〇〇日間は稼働可能であつたから、一年間分の逸失利益は四五万円となる。
(五) 慰謝料 五〇万円
(六) 弁護士費用 一〇万円
五 (結論)
以上により原告は、右損害金合計一一一万〇五二〇円およびうち一〇一万〇五二〇円(弁護士費用を除いた損害金)に対する昭和四八年二月八日(本件事故発生の日の翌日)から、うち一〇万円に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日(被告会社について同年五月三〇日、被告森谷について同年六月六日)から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を被告らが各自支払うよう求める。
第三被告らの主張
一 請求の原因一の事実は認める。
二 同二の事実は知らない。
三 同三の事実について。
(一)の事実のうち、被告会社が自己の事業のために被告森谷を使用していたこと、被告森谷が被告会社の米子市内の工事現場に出張し、その帰路に本件事故を起こしたことは認めるが、本件事故が被告会社の事業の執行につきなされたこと、被告会社が民法七一五条の責任を負うことは否認する。
(二)の事実のうち、被告森谷が被告車を所有していたことは認めるが、被告森谷の過失内容は争う。
四 本件事故発生当時の被告車の運転は、被告会社の業務とは全く関係がなかつた。
被告森谷は昭和四八年二月四日から同月六日まで、米子市内の被告会社の建設工事現場で杭打工事のオペレーターとして稼働した。被告会社においては、各オペレーターに専属の機械を割当てており、ある工事現場での仕事が終了すると、つぎの工事現場における杭打工事時期に合わせて機械を移動させる。被告森谷に割当てられた機械は、同月九日ごろに着手予定であつた岡山県倉敷市内の杭打工事に使用させるべく移動されていた。オペレーターの仕事は請負的要素が強く、ある工事現場での仕事を完了すると、つぎの工事の開始までにどうしても一定日数のあきが生じ、これを「手まち」の期間と称していた。手まち期間はオペレーターの自由な時間であり、オペレーターは次期工事着手期日にその工事現場に出頭すればよいわけである。被告森谷は、本件事故発生のころは手まち期間中であつたが、米子市内の工事現場の担当者にさしつかえが生じたために、代替要員として右のとおり米子市内の工事現場で稼働したものである。同被告の米子市内での勤務は同月六日に終了したから、被告森谷は右終了後同月九日までは被告会社の業務から全く開放された状態にあつた。
被告会社は、会社の営業車として三七台の自動車を所有しており、会社の業務にはこれを使用していた。遠隔地での作業に従事する場合は、就業規則および出張旅費規定によつて、会社の営業車、汽車、電車を利用し、また原則として旅行方法を出発時の前日までに届出ることになつていた。すなわち、会社の業務に従業員のマイカーを使用する必要もなかつたし、就業規則によつてマイカー使用を禁止していた。さらに、昭和四七年六月一九日に開催された被告会社の労働安全衛生委員会(委員長被告会社代表者)の定例安全大会においても、「(イ)特別の場合において許可を受けたマイカーを除いて一切禁止する。(ロ)県外出張の場合も、できるかぎり汽車、バスを使用する。会社の営業車使用の場合も直属課長の許可が必要である。」旨決められていた。
なお、被告会社は米子市内の工事現場には会社の営業車をさしまわしており、同市内の旅館から工事現場まで、右営業車で従業員を送迎していた。
五 請求の原因四の事実は争う。
六 本件事故発生について原告にも過失があつた。
本件事故の際、被告車のすぐ前方を先行車が進行していた。このような場合、原告としては左右の交通の安全を確認したうえで横断歩道に踏み出すべき注意義務がある。それなのに原告は、右方から進行して来る車両の動静に全く注意を払わず、信号が青にかわつた瞬間に横断歩道に踏み出した過失があつた。
七 原告は自賠責保険金として二一万七五五七円の支払を受けた。また、被告会社は、原告の治療費として二七万〇三六八円を高島病院に支払つた。
第四被告らの主張に対する原告の答弁
一 本件事故発生について原告に過失のあつたことは否認する。
二 被告らの主張の七の事実は認める。
第五証拠〔略〕
理由
一 請求の原因一の事実は、当事者間に争いがない。
そして、いずれも成立について当事者間に争いがない甲第三号証の一ないし三および同第五、第六号証ならびに原告および被告森谷各本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場の状況、事故に至るいきさつ等について、つぎのような事実が認められる(被告森谷本人尋問の結果のうち、つぎの認定に反する部分は採用することができない。)。
(一) 本件事故が発生したのは、米子市西福原方面から同市車尾方面へ(ほぼ西から東へ)通じる国道九号線上である。右国道は中央にコンクリート舗装された幅員約一二メートルの車道があり、その両側にそれぞれ幅員約二・五メートルの歩道がある。事故現場付近は、ほぼ直線道路で、最高速度が時速五〇キロメートルと指定されていた。本件の衝突地点には押ボタン式の信号機が設けられており、右信号機はボタンを押すと、車両用の信号が約三秒間黄色になり、それから赤色になるものであつた。
(二) 被告森谷は、被告車を時速約六〇キロメートルで運転して同市西福原方面から本件事故現場にさしかかり、左側の歩道上に立つていた原告を衝突地点の約三六メートル手前で認めたもののそのまま進行を続け、原告に約二四メートル接近したところ、原告が横断を始めたので、直ちに急制動の措置をとつたが間に合わず被告車を原告に衝突させるに至つた。なお被告森谷は、信号機の黄色あるいは赤色の表示にしたがわなかつたか、そうでなければ信号機の表示に注意を払つていなかつた。
(三) 原告は、右横断歩道を北から南へ横断していた際本件事故にあつたもので、横断歩道の北側で右信号機のボタンを自ら押して歩行者用信号が青色になるのを待ち、これが青色になつた直後横断を開始し、被告車に衝突された。なお原告は、被告車が接近して来ているのに気がついてはいたが、横断歩道の手前で停車するものと考えて、その速度等には十分注意を払つていなかつた。
二 いずれも成立について当事者間に争いがない甲第四号証および同第一〇号証、証人舟越参則の証言ならびに原告本人尋問の結果によると、本件事故によつて原告が頭部打撲、両膝打撲、外傷性右膝関節血腫の傷害を受け、事故発生の日から昭和四八年四月五日まで(五八日間)高島病院で入院治療を受け、同月六日から昭和四九年四月六日まで同病院で通院治療を受けたこと、昭和五〇年二月現在、悪天候のときなどにはまだ膝に疼痛があることが認められる。
三 つぎに、被告らの責任について検討する。
(一) 被告森谷が被告車を所有していたことは当事者間に争いがないから、被告森谷は被告車を自己のために運行の用に供していたものというべきである。また、前記一記載の事実に照らすと、被告森谷は、信号機の表示する信号にしたがわなかつたか、そうでなければこれに注意を払わず、かつ横断歩道の手前で速度をだしすぎていた過失によつて本件事故を起こしたことが明らかである。
以上により被告森谷は、自賠法三条、民法七〇九条によつて、本件事故の損害賠償責任を負う。
(二) 被告会社が自己の事業のために被告森谷を使用していたこと、被告森谷が被告会社の米子市内の工事現場に出張し、その帰路に本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
証人小野駿の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし四および同第二号証の一、二、右証人小野の証言ならびに被告森谷本人尋問の結果によると、つぎの各事実を認めることができる。
(1) 被告会社は、岡山県倉敷市内に本店を置き、総合建設業を営む会社であつて、約六七名の従業員を雇用し、約三四台の営業車を保有していた。
被告会社においては、出張の手続等について、就業規則の定めによつて出張旅費規定を設け、会社の車両、電車、汽車等を利用して出張することとし、原則として予め出発日時、旅行方法などを会社に届出るよう定めていた。また、昭和四七年六月一九日に開催された被告会社の労働安全衛生委員会の定例大会において、従業員がマイカーを利用して通勤あるいは工事現場への往復をすることを原則として禁止し、県外出張の場合は、できるかぎり汽車かバスを利用し、自動車を利用する必要のあるときは直属の課長の許可を得るよう従業員に対する指示がなされた。
(2) 被告森谷は、被告会社において杭打機械の運転手(通常「オペレーター」と呼んでいた。以下「オペレーター」という。)として稼働していた。被告会社においては、各オペレーターに対して専属の杭打機械が割当てられており、各オペレーターは原則として自己に割当てられた杭打機械の運転のみをその職務とし、杭打機械を工事現場から工事現場へ移動させているときなど自己の担当機械を作動させない期間は、「手まち期間」と称して勤務のない状態であつた。
(3) 昭和四八年二月三日ごろ、被告森谷の杭打機械は岡山県倉敷市内の工事現場に置いてあり、同所の工事開始予定は同月九日であつて、被告森谷は手まちの状態であつた。ところで、米子市内の工事現場に出張していたオペレーターにさしつかえが生じたため、被告会社は急きよ被告森谷を右工事現場に派遣することを決め、同月三日の午後四時か五時ごろ、被告森谷および工事人夫一名に対し米子へ出張して翌四日午前八時からの工事につくよう命じた。被告森谷は、右出張命令を受けた直後、同行することになつた右工事人夫と協議して翌四日の早朝被告車で出発することとし、同月四日午前五時ごろ被告車を運転して自宅を出て、右工事人夫を同乗させて米子市内の所定宿舎まで赴いた。同被告は、米子市内に着いたのちは被告会社の営業車を利用して宿舎と工事現場とを往復し、同月六日まで米子市内の工事現場で稼働し、命じられた職務を終えた。そして、翌七日同行してきた工事人夫を同乗させて帰路についたところ、途中で本件事故が発生したものである。
よつて検討するに、午後の四時か五時ごろ出張を命じられて翌朝八時からの勤務に間に合うように汽車を利用して倉敷市内から米子市まで赴くためには、出張命令を受けた日の夕方倉敷を出発するほかはなく、しかも利用できる列車の数はごく少数しかない(これは当裁判所に顕著な事実である。)。すなわち、汽車を利用しようとすれば、出張命令を受けてから短時間のうちに出発の準備を整えなければならず、その日は米子市内に宿泊することになる。
右のような事実から考えると、被告森谷らが本件出張に際して汽車を利用しないで、自家用車を利用することは十分予測できたものとみなければならない。そして、本件出張にあたつて、予め被告森谷らから被告会社に対して利用する交通機関についての届出はなされなかつたのにもかかわらず、被告会社は何ら措置をとらずに放置していたものである。
右のような事実に基づいて考えると、被告会社は本件出張にあたつて被告森谷とその同行者が自家用車を利用することを黙認していたものと推認すべきである。そして、右出張の帰途に本件事故が発生したのであるから、被告森谷の米子市内の工事現場での職務が終了していたとはいえ、本件事故当時の被告車の運転は被告会社の事業の執行につきなされていたものというべきである。また、被告森谷に本件事故発生についての過失があつたことは前記のとおりである。
以上により、被告会社は民法七一五条によつて本件事故の損害賠償責任を負う。
四 被告らは本件事故発生について原告にも過失があつたと主張するが、前記一記載の事実に照らして考えると、本件事故発生についての被告森谷の過失はきわめて重大であり、原告においても被告車の動きに十分注意を払わなかつた点である程度の過失はあるとしても、その過失は被告森谷の過失に比べてきわめて小さく、本件事故の損害賠償額の算定にあたつて斟酌するに足らないものというべきである。よつて、被告らの過失相殺の主張は採用することができない。
五 つぎに、本件事故によつて原告の受けた損害について検討する。
(一) 通院交通費
前掲甲第一〇号証、成立について当事者間に争いのない乙第九号証の四ないし九および原告本人尋問の結果を総合すると、原告が少なくとも四〇回通院したこと、一回の通院交通費として四四〇円のバス代を要したことが認められる。よつて通院交通費は合計一万七六〇〇円となる。
(二) 入院雑費
前記のとおり五八日間入院したことが認められ、一日当り二〇〇円の諸雑費を要した旨の原告の主張は肯認すべきである。よつて入院雑費は合計一万一六〇〇円となる。
(三) 付添看護費
原告本人尋問の結果によると、事故の発生した昭和四八年二月七日から同月末ごろまで近親者(原告の子)の付添看護を受けたことが認められる。右看護費として一日当り一〇〇〇円をもつて相当とするから、合計二万二〇〇〇円となる。
(四) 逸失利益
成立について当事者間に争いのない甲第七、第八号証および同第九号証の一、二、証人舟越参則の証言および原告本人尋問の結果によると、原告は夫と共に田約七反三畝、畑約六畝を耕作して農業を営んでいたが、原告の夫は農繁期を除いて日雇人夫として稼働していたため、原告方の農業経営は原告が中心になつてなされていたことが認められる。右農業による収入額についての確実な証拠はないが、右各証拠によると、本件事故当時の地域の一般農作業労賃(女)は一日当り一二〇〇円であつたことが認められるから、原告が年間少なくとも二〇〇日間就業するとみて、原告は本件事故当時一年当り少なくとも二四万円の収入を得ることができたものと推認することができる。
そして、前記二の冒頭に掲げた各証拠によると、原告は本件事故後約一年間就労不能であつたことが認められる。よつて原告の逸失利益は二四万円となる。
(五) 慰謝料
本件事故の態様、事故の結果等諸般の事情を考慮すると、原告に対する慰謝料としては五〇万円をもつて相当する。
(六) 損害填補
以上の(一)ないし(五)の損害額は合計七九万一二〇〇円となるが、原告が自賠責保険金として二一万七五五七円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを控除すると残額は五七万三六四三円となる。なお、被告会社が原告の治療費として二七万〇三六八円を高島病院に支払つたことは当事者間に争いがないが、これは前記認定のほかに生じた損害であるから、右損害額から控除すべきものではない。
(七) 弁護士費用
本件事案の内容、請求認容額等を考慮すると、被告らに負担させる弁護士費用としては六万円をもつて相当とする。
六 以上により原告は被告らに対し、右損害金合計六三万三六四三円およびうち五七万三六四三円(弁護士費用を除いた損害金)に対する昭和四八年二月八日(本件事故発生の日の翌日)から、うち六万円(弁護士費用)に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日(記録上明らかな、被告会社について同年五月三〇日、被告森谷について同年六月六日)から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却する。訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用する。
(裁判官 妹尾圭策)